如何でしたでしょうか。
初期のカラフルな背景に、ボケ縁をまとった文章が、雨のように上から降ってくるように見える様は、1999年に公開された映画『マトリックス』のタイトルバックで、裏焼きされた日本語フォントが緑色に光りながら黒バックに降り注がれる、通称「マトリックスコード」を彷彿とさせる処理です。
もしかしたら、ジャケットのデザイナーが、大量の文字群のデザイン処理の先達として『マトリックス』を意識したのかもしれません。
いずれにせよ、このジャケットデザインの蓄積が大変な偉業であり、かつ苦行であることは、玄人目にはもちろん、素人目にも一目瞭然でしょう。
なぜなら、これらをデザイナーに発注する以前の下準備として、監督、あるいは制作担当者は、これだけの分量の文字原稿を用意しなければならないからです。
調べてみますと、これらはすべてビーバップ・みのる監督作品なんですね。
ドグマさんのHPには、同監督による淫語の特集ページがありましたので、是非、お読みいただきたいです。そこからの情報によると、これらは動画からの書き起こしのとのことです。
全く、文章による《エロぢから》というものの奥深さを再認識させてくれますよね。やっぱり、呪詛のような言葉の魔力を痛感いたします。
ところで、これらの文章を読んでいたら、もっともっと以前に、このような視覚表現を確立していたAV監督がいたことを急に思い出してきました。
その監督とは、20世紀の終わりごろ、AVがまだVHSテープの形でリリースされていた頃に『淫語すぺしゃる』というシリーズでAV界に一石を投じたゴールドマン(ゴヲルドマン)監督の事です。
DMM.R18を検索しましたら、それらは2002年にDVDとして再編集され、今でも購入することが可能でした。
DVD版のジャケットデザインは随分とスッキリした印象ですが、VHSの時は、もっともっと文字でビッチリと埋め尽くされていたという記憶があります。「確か、このシリーズのVHSは何本か買って持っていたはず…」と、自宅の書庫で家捜しすること小一時間、ついに発見しました。見つかったのは『淫語すぺしゃる大全集』という、シリーズ12本分を纏めた総集編ですが、この裏表紙をどうぞご覧ください。
どうですか、この文字量! これが発売されたのは1999~2000年頃でしたが、当時、このように「マンコ」や「チンポ」といった露骨なワードを多用しての呪詛的なデザインのジャケットは、僕はコレ以外では見たことがなかったのです。
DVDが主流となった現在ではどうだかわかりませんが、当時、ビデ倫の審査を受けて、性表現に一定の自主規制をしていた大手メーカーのAVでは、「マンコ」や「チンポ」などという露骨なワード、ここで言うところの《淫語》は、堂々と謳うことが全く不可能だったんです。ビデ倫を通さないインディーズのAVでも、まず見かけませんでした。
ところがこの『淫語すぺしゃる大全集』は、インディーズであるにもかかわらず、表紙と背のロゴが予算のかかる《金箔押し》、裏表紙の細かな淫語は銀色の特色インキ使用の5色印刷。実に堂々たるメジャー系のデザインなのです。それでいて「マンコきちがい」などという激しいワードが連発されているので、僕がこれを目にしたアダルトショップ=メンズショップ・タイヨー新宿店の店内で、とにかく激しい衝撃を受け、衝動買いしたことを思い出しました。
内容も最高にエロく高尚、かつ面白くて僕好み。すっかりハマって、この総集編を足がかりに、旧作を探して買い求めたほどでした。
「ゴールドマン監督、今はどうされているのだろう?」と気になって調べたところ、wikiに《近年は淫語インストラクターとして活躍(…)AVの淫語台本も多数執筆。淫語AVの未来を開く、切れ味鋭い淫語イマジネーションで、マニアを熱狂させ続けている。》の記述を発見しました!
「何ですと~!? さては…」と、少し調べましたら、やはり、ビーバップ・みのる監督作品にゴールドマン氏は関わられていたことが判明しました。ビーバップ・みのる監督自身の2013年9月6日のブログに紹介が。
『ムチムチスケベ女とねっちょりスケベおじさん』という2013年度作品に、ゴールドマン氏が男優として出演されている場面の文字起こし、その一部を以下に転載します。
《「女子アナになりたいの?」
そうなんです。昔から憧れて…。
「憧れのアナウンサーとかいるの?」
カトパンさんとか…
「似てるね」
そうですか、あんまり言われたことないけど…嬉しいです。
「アナウンス学校とか?」
入ってます。
「早口言葉とかは?」
青巻紙… 言えました(笑)
「結構上手だね。…でもね、カメラに対しての恥じらいとかまだあるね。緊張してる?」
正直ちょっと緊張してます。
「緊張とかそういうのあったら正直アナウンサーとかやっていけないからさ。はじらいをとりましょう」
おねがいします。
「じゃあ、ね。これ(スケスケのボディコン衣装)に着替がえましょう」
…え?これ…って誰が
「あなたですよ」
でもこれ、アナウンサーと関係…。
「東京のアナウンサーは皆これですよ。カトパンとかも…着替えないんだったら田舎帰って…さっさと着替えて」》
このシチュエーションと、絶妙かつハイテンポなやりとりは、この作品の10数年前にゴールドマン監督が、ご自身の作品中で主演女優の長谷川由美さん相手にハラスメントした手法とほとんど一緒です! しかも、プレビュー動画でも確認しましたけど、衰えを全く感じさせません。いや~、実に見事です。素晴らしい。
ゴールドマン監督が開発した、文章(台詞)とジャケットデザインが渾然一体となった “淫語ワールド” が、時を超えて、ビーバップ・みのる監督との合流によって息を吹き返し、さらに様々なメーカーにまでデザイン面まで含めて綿々と伝搬し洗練し続けていたということが、今回の調査と考察で発見できたことが、何より嬉しかったです。
淫語AVよ、永遠なれ!
(とりあえず僕は、16年前にずいぶん探したのに、ついに入手できなかった、真咲志穂さんがゴールドマン監督の兄貴の嫁さんという設定の「淫語すぺしゃる1」を、DMM.R18で中古購入しました)
ほうとうひろし◎エロメディア活動歴28年のエディトリアル・デザイナー。 雑誌版オリジナルの『デラべっぴん』には、 同誌創刊2年後の1988年ころから参画。 同誌名物となったエロ紙工作企画「オナマイド」 を10年以上にわたって連載した。 「オナマイド」 の連載を再構成した単行本は計4冊出版されたが、すべて絶版。 その企画の成り立ちや、当時の『デラべっぴん』 編集部の事情に関しては、 有野陽一氏の取 材によるインタビュー集『エロの「 デザインの現場」』(アスペクト・刊)に詳しい。