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【2Dでは鳴かず飛ばずだったが、VRで一気に才能が開花し超売れっ子になったバラエティ豊かなAV監督・矢澤レシーブ】SODを退社された理由や、下積み時代を聞く!「救急車で運ばれながら僕は涙したんです。」(後編)

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今夜もシコってますか改めまして、アダルトビデオ芸人のリボルバーヘッドです!今回のインタビューでは、先日発表があった「このエロVRがすごい!」において、2021年上半期、下半期監督部門で1位を獲得されるなど注目を集める、VRのヒットメーカー・矢澤レシーブ監督にお話を伺いました!そんな矢澤監督は「地面特化・領域展開」などなど、画期的なVRの撮影手法を次々と編み出されている革命児なのです。ということで前編では、新技術「領域展開」について伺い、中編ではVRを撮る時のこだわりや未来のVRの形などをお話頂きました!ラストの後編では、SODを退社された理由や、AV監督さんになったキッカケを教えてもらっております。命懸けの撮影で死と隣り合わせだった作品の話は爆笑必須ですよ(笑)。ぜひ、最後までお付き合い下さい!(全3回、後編)

「ピタゴラスイッチみたいなことをやって、最後に女の子のアソコにビー玉が入るみたいなことをやったのですが、全くエロくなくて(笑)。」

—— 今年の1月を持ってSODさんを退社されましたが、理由は何だったのでしょうか?

矢澤レシーブ(以下、矢澤)まずSODはやりたいことをやらしてくれました。しかし外の世界を見てみたいなって思うようになったんです。エロ以外の映像関係の仕事などを含めて、色々な人と関わってみて仕事したいなと思うようになり、退社したという感じですね。

—— 前向きな新たな挑戦の為の退社だったのですね!

矢澤 SODだと会社員なので、月に何本撮らないといけないみたいなのが決まっているんです。でも思いついたことをすぐにできるフットワークの軽さが欲しいなと思ったんですよ。作品とかじゃなくて、普通に風俗の体験VRをやりたいなって思っていたりしたので。

—— いざフリーの立場になってみていかがですか?

矢澤 まずはSODである程度やらせてもらったので、新しくお仕事をする方にも「SODだった矢澤ね」みたいな感じで知ってもらえているんです。このような自分を作ってくれたのは間違いなくSODですので、SODには感謝の気持ちでいっぱいです!

—— AV監督さんになられたキッカケを教えて下さい!

矢澤 僕は元々はAV監督になりたいなんて一切思っていなかったので、今が本当に不思議なんです(笑)。大学がそもそも理工学部で都市を勉強していて、同期はみんな鹿島建設とかなどの真面目なところばかり就職したので、自分がこの仕事をやっていることは当時は全く想像していなかったですね。

—— 鹿島建設って凄いですね(笑)。ではもう少し掘り下げて、どんな感じのお子さんでしたか?

矢澤 父親はスナックを経営していたのですが、凄い田舎で育ったんです。小さい頃は近所に女の子しかいなくて、女の子4人の中に男1人で僕がいて遊ぶとかも結構あったんです。なのでセーラームーンが好きで、スティックとかをずっと振っている子だったんですよ(笑)。

—— 今の男らしい見た目とのギャップが凄い(笑)!

矢澤 それで小学校に上がるタイミングで引っ越したのですが、周りに女の子が全然いなかったので、人と喋れなくなってしまったんです(笑)。なのでもの凄く静かな子でしたね。

—— 男の子見知りしてしまったのですね(笑)。勉強はできましたか?

矢澤 勉強はできなかったのですが、ある時に「ど田舎のプレハブで、白髭を生やした東大卒のおじいさんが勉強を教えてくれる塾がある」って噂を耳にしたので行ってみたんです。

—— なんかドラマの設定みたいですね(笑)。

矢澤 僕は周りに友達がいなくてやることもなかったんで、そこを訪ねて勉強することにしたんです。そしたらヤバいのが、小学生相手に高校レベルの数学とかをそのおじいさんは教えるんです(笑)。でもその人のお陰で数学に興味を持って、結局数学だけで早稲田大学に入ることができたんです。性格的にハマったらとことん突き詰めるタイプなのだと思いますね。

—— 今のVRへ取り組む姿勢はその頃から変わっていないのですね!

矢澤 そうですね(笑)。ハマったことは24時間常に考えているかもしれません!

—— 女性関係はいかがだったのでしょうか?

矢澤 SODに入社するちょっと前まで一切無かったんです(笑)。エロに関しも全く興味も無ければ知識もないっていう感じだったので、女性関係は全然でしたね。

—— そんな方がなぜSODさんに入社されたのですか(笑)?

矢澤 大学時代に日本一大きいと言われているイベントサークルに入ったのですが、そこで僕は企画を考えたりしていたんです。その繋がりでテレビ局の放送作家の方と知り合って、将来はテレビでバラエティを作りたいなと志すようになっていました。そしたら、とある放送作家の方が「バラエティに興味があるなら、SODってい面白い企画をやっているAVメーカーがあるぞ」って教えてくれたんです。そこでSODを調べてみたら、大きい倉庫みたいなところで500人でセックスをするみたいなぶっ飛んだ企画をやっていたので「ここはエッジの効いたバラエティ番組を作ってるな。ここなら自分のやりたいことができるかもしれない」と思い、SODに入ろうと思ったんです。

—— エロ方面からではなく、バラエティ方面からSODさんを知って入社されたのですね!!珍しい(笑)!

矢澤 本当にエロの知識は皆無だったんで(笑)。

—— ということは元々は、放送作家さんになりたかったのですか?

矢澤 まあそうでしたけど、フリーで放送作家をやるのは自分じゃ無理だって思っていました(笑)。コントとか、ラジオの企画出しとかはやっていましたが。それなのでどこかに所属して権利を持って、自分の中の面白いことをやりたいと考えてのSODでしたね。

—— もしSODに入っていなかったら何の仕事をしていたと思いますか?

矢澤 建設の勉強をしていたので、建設会社とかに入っていたかもしれませんね。ちなみにSODに入社することを大学の友達に言ったら、誰一人知らなかったんです(笑)。

—— えぇぇぇ!?  男でSODさんを知らない人なんてこの世に存在するのですか……?

矢澤 ソフト・オン・デマンドって言ったら「ITの会社?」って言われました(笑)。

—— 本当にAVを見ない世界線で生きてこられたのですね。なら地上20メートルでチョコボール向井さんが野球部の格好して、発射しながら落下した男気溢れる名シーンの話をしても、一切通じない訳ですね(笑)!

矢澤 もちろんそんなのは通じる訳がありません(笑)。そんなことで入社したので、最初の頃はもの凄く苦労したんです。僕が入った時にちょうど、高橋がなりさんが何年かぶりに戻ってこられた時だったので、毎週新卒を集めて会議が開かれていたんです。「お前らSODクリエイトだろ? だったら毎回企画出せ!」って。

僕以外の同期の人はみんなしっかりとしたエロを持っていたんです。特に、山本わかめさんっていう人は完全に天才で「男をレイプしたい!」っていう企画を出したりとか、とにかく凄かったんです。

—— 大学時代は心理学を勉強していたという、女性AV監督の山本わかめさんですね! あんなに若手のホープとして期待されていたのに、2017年にSODさんを退社された時は衝撃的でした……

矢澤 そんな感じで周りが凄い人ばかりだったので、自分も負けじと考えなきゃって思って色々と企画を出したのですが、エロを今まで経験してきてなかったので、どれも企画性だけが強過ぎて全然エロくない企画ばかりを出してダメ出しばかりを食らっていたんです(笑)。

—— 例えばどんな企画を出していたのですか(笑)?

矢澤 ピタゴラスイッチみたいなことをやって、最後に女の子のアソコにビー玉が入るっていう企画とかを出していました(笑)。

—— ハッハッハ!面白さでは抜群ですが、たしかにエロさは全然無いですね(笑)。

矢澤 これ一応作品にはなったのですが、ドミノがただただ倒れていく映像はAVにしては地味過ぎましたよね(笑)。そんなこんなで色々と企画は出してはいたのですが、全然通らない日々が続くんです。一年過ぎて後輩も入ってきて、みんな作品を撮っていってAV監督になっていくのに、僕だけはずっとADのままで。

—— 今からは想像もできない苦労の下積み時代があったのですね

矢澤 もうこのまま作品は撮れずに終わるのかな?って真剣に焦っていた頃に、山本わかめさんが「まだ評価はされていませんが、同期に面白い奴がいるんです。」と、特別に企画会議に僕を呼んでくれてチャンスをもらえたんです。

—— なんか売れてない若手芸人を、仲の良い先輩が「フリートークは苦手だけど、ネタは面白いからみんな見てくれて!」って紹介してくれるような感じですね(笑)!

矢澤 それで、これが最後のチャンスだと思って、意気込んでこの企画会議に挑んだんです。せっかくこの会社に入ったのに、何一つ結果を残せないまま辞められないという思いで企画を出しまくったのですが、やはり一つも通らないんです。それで「お前は何に興味があるんだよ?」って言われたので、なぜだかわからないのですが瞬発的に「挿入したまま女の子の中に、中出しみたいな感じで僕はおしっこができるんです!」って言ってしまったんです(笑)。

—— 苦し紛れにとんでもないことを言いましたね(笑)!でもそんなことは本当にできたのですか?

矢澤 いや、とっさにデマカセで言っただけなので、もちろんやったことはありませんでした(笑)。でもそしたら「お前、ちゃんとエロを持ってるじゃん!」って、この企画が通ってしまったんです!

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—— 凄い!おめでとうございます!!って言いたいところですが、やったことがない内容で通ったならヤバくないですか(笑)?

矢澤 そうなんです(笑)。なのでこの会議が終わって速攻で僕は、激安風俗のサンキューっていうお店に行って、AFで挿入しながらおしっこができるのかをやってみたんです。

—— 303,900円のお店ですね(笑)。私も錦糸町店に行ったことがあるのですが、150センチぐらいで120キロぐらいの女性が出てきたことがあります!(放尿プレイで、楽しく遊ばせて頂きました)

矢澤 その後に調べたのですが、勃起しながらおしっこをするのは尿道の構造的に基本的には難しいらしくて、男優さんも誰一人できる人がいなかったんです……

—— 男優さんができないなら、全人類がほぼ不可能ってことですね(泣)。

矢澤 それでも撮影日は決まって、女優さんもキャスティングされちゃう訳ですよ。どうしようかって本気で悩みに悩んだ結果、自分がやるしかないってことであることを思いついたんです。

—— 矢澤監督自らが至難の技に挑戦される覚悟を決めた訳ですね!! その秘策とは!?

矢澤 まず勃起したままおしっこがでるように、とりあえず大量の勃起薬を飲むことにしたんです。それでおしっこを大量に出すということで、利尿剤をめちゃくちゃ飲んだら、この二つが合わさって勃起したままおしっこが出るんじゃないかって考えたんです!!

—— 間違いなく体には悪いでしょうが、期待できそう(笑)!

矢澤 なので利尿剤をたくさん処方してもらうために、コンビニでカルシウム剤を100錠ぐらい飲んで血圧を上げまくったんです。そうすると血圧を下げる為にってことで、大量に利尿剤が貰えたんです(笑)。

—— 100錠!? 命懸け過ぎる(笑)。

矢澤 それでやったら、なんと本番でできたんですよ! でも終わった後に救急車で運ばれちゃって(笑)。

—— できたことには努力も含めて尊敬しますが、あえて言わさせて頂きます。アナタ頭おかしいって!! そりゃ病院送りになるよ(笑)!

矢澤 後から知ったのですが、血圧を一気に上げて下げる行為って、自殺する人がやることだったんです。それでも救急車で運ばれながら僕は「これ以上、良い作品はもう一生撮らないだろうな」って涙したんです。

—— ここ、笑っていいところですよね(笑)?

矢澤 それで何とか素材を撮って、編集して先輩たちに見てもらったらボロカスに言われたんです(笑)。「お前が必死過ぎて全くエロくねぇよ!セルフドキュメンタリーじゃねぇか!」って。

—— 必死どころの話しじゃなくて、本当に死にかけた程でしたもんね(笑)。

矢澤 なので社内でも「もうコイツ終わったな。」みたいな空気になってしまったんです。それでも作品は発売されて「俺はもう一生ADか……」って落胆していた時に、たまたまSNSを見たんです。そしたらとあるAVライターさんが、この作品を見てくれていて「これは凄い。コイツは将来大物のAV監督になるか、犯罪者になるかどっちかだ!」って書いてくれていたんです。

—— おぉー。まさか、そのAVライターさんって

矢澤 当時は無名だったのですが、のちに有名になるAVマイスター・東風克智さんだったんです!

—— やっぱり! あの方しかいないと思いました!!! 月間100本の作品を視聴して、VRを見る前には礼儀だからということで必ずシャワーを浴びる東風克智さんですね!!

矢澤 こんな下っ端中の下っ端の最下層なAV監督の作品をチェックしているなんて、東風さんは本当に凄いなって思いましたね。僕はこの東風さんの一言に助けられたんです!

—— 今の矢澤監督がいるのは、東風さんのお陰と言っても過言ではないのですね!

矢澤 間違いなく東風さんがいたから今がありますね。しかも東風さんお陰もあってか、この作品は売れたんです。それでAV監督として首の皮一枚繋がって、それ以降も撮らせてもらえるようになり、紆余曲折して今にいたります!

—— そんな苦労人の矢澤監督が、VRを撮るようになったキッカケは何だったのでしょうか?

矢澤 おしっこの作品から色々と撮らせてもらえるになっていたのですが、ある時にFC2部門に飛ばされたんですね。当時はまだ素人モノが流行っていない時だったのですが、SODも何かやろうってことになったので「勉強してこい!」ってことで僕が色々とやることになったんですね。でもこれがめちゃくちゃキツくて、一日に20作品を切り売りするような感じで、文字も5,000文字ぐらい書いたりしたんです。

—— 私も文字数制限があるレビューのお仕事をやっていますが、1,000文字書くだけでも何時間もかかるのに、5,000文字ってハンパじゃないですね、、、

矢澤 全く家にも帰れなくて、倉庫にあった腐った弁当とかを食べて吐いたりしていたんです(笑)。それでしんど過ぎたので、もう辞めようかなって思ったタイミングでちょうどSODの当時の副社長が「VRやってみないか?」って言ってくれたんです。なのでVRを撮り始めたっていう流れですね! そこから2Dだと過去の作品を見返すのは不可能ですが、VRはまだ全てで400本ぐらいだったので、全部見返して「これがベースね。」みたいな感じで研究していきました!

—— 最後の質問です!今後はどのようなAV監督さんとしての道を歩んでいきたいでしょうか?

矢澤 SODを退社したということもあり、まずは色々なメーカーさんで色々な女優さんを、VRで企画を組み合わせながら撮っていきたいです。あとはAV作品以外でも、風俗体験のVRとかも作っていきたいですね。でも一番はやはり、外で自分がどのように仕事ができるのかっていうのを確認したいです!

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以上3部に渡ってお送りした、VRのヒットメーカー・矢澤レシーブ監督のインタビューでございました! いやいや話面白すぎでしょ(笑)。

救急車で運ばれながら涙した話は滑稽すぎて、久しぶりに大爆笑しちゃいました。と同時に、そこまで命を懸けてAVと向き合っている姿はめちゃくちゃカッコ良くて感動致しました。エロあり、笑いあり、そして感動ありな感じはまるで劇場版のテレクラキャノンボールのようでしたので、個人的には矢澤監督のAV監督としての半生を映画化したら絶対に面白そうだなと思いました!!皆さまもぜひ、そんな苦労人から這い上がったAV界の新時代の革命児・矢澤レシーブ監督の作品をぜひチェックしてみて下さいね!!!

 

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